結果が大事か、過程が大事か、その先。

僕は哲学のような、答えのないことについて考えることが好きなのですが、最近、結果が大事か、過程が大事か、なんて答えの出ないことについて考えることがありました。

散々考えた挙句、僕の中で一つ考えついたことがあります。

僕の結論としては、どっちも大事なんだろうなというぼんやりとしたものになってしまったのですが。。。

結果を求めた先にあるものは?

と考えていると燃え尽き症候群が真っ先に思いつきました。

そして、少し話が変わり、ちょっと壮大なテーマになってしまいますが、僕は人生をRPGのゲームのようなものだなと最近思っています。

ゲームの最大の目的はラスボスを倒すこと。

ゲームがつまらなくなる、飽きるのはどんな時か、それを考えるとラスボスを倒してゲームをクリアした時です。

仮に自分たちの夢や目標をラスボスとするならば、それを達成した時、飽きたり、つまらなくなる感情が燃え尽き症候群などに繋がるのかな?なんて考えています。

そんな中で、過程が大事という言葉は僕の中ではあまりしっくりこないのが正直なところでした。勝手な僕のイメージかもしれないですが、大事という言葉はなんというか、しなければいけないような使命感のような感覚があり、息苦しさを感じます。

また、話をゲームに戻します。

ゲームで楽しい時ってどんな時ですか?

僕はラスボスを倒すまでにどんな仲間、どんな武器、装備でどんな技を駆使してそのゲームをクリアするか、ラスボスを倒すか、それを考えている時が1番楽しいです。

人生に置いてもそうなんじゃないかなと思います。

自分たちの目標や夢、それぞれに色んなラスボスがいて、それを倒すために色んな思考錯誤をする。

その時の感情って楽しさで溢れてるなと感じます。

そんなことから大事という言葉より、楽しいという言葉が1番合っているんじゃないか?と感じています。

過程は大事なのではなく、人生に置いて1番楽しい時期。

1番最高な時期なんじゃないかなと。

過程は大事。より、過程は楽しい。の方が自分には合ってるなと思います。

そして、ゲームと人生が違うところは、ラスボスを倒した後、また自分の手でラスボスを何度も作り出せる、ラスボスを設定し直せるところです。

新しいカセットに変えるというほうがいいのかもしれません。

人気のゲームは2が出たり、3が出たりしますよね?

それと同じで、自分の人生の目標を達成したり、夢が叶ったりした後、自分でその物語の続編を作れる。

仮に一つの目標や、夢が叶わなくても、また新しいカセットを挿してまた違うゲームを始めれば良い。

人生って大きな単位で考えれば、カセットなんて沢山あるなと。

そう考えると、過程とか、結果とかはあまり関係なくて、結局、今が1番その楽しい時期なんだなと。

どんなに敵が強敵だろうが、どんな状況で、どんな環境でもそれはラスボスを倒すまでの試行錯誤ができる1番楽しい時期なんだなと思います。

最終的に何が言いたいのかというと、結果とか、過程とかも大事なのかもしれないですが、僕が考えついた事は目標、夢に向かうために思考錯誤してる今、この過程に当たるこの時期が1番楽しい時期なんだということです。

人によっては苦しい時期、辛い時期もあるのかもしれません。

でもラスボスを倒すのが簡単であれば、何も面白くないです、難しいからこそ、考えて、必死に試行錯誤するわけで。

だからみんなゲームに夢中になる訳です。

そんな事を感じながらこの楽しい時期を、自分の中のラスボスを倒すために色々思考錯誤しながら過ごしています。

生年月日 1994年8月3日

呼名 ハヤト

ポジション MF

前所属 Launceston City FC