育成年代の勝利主義の問題 その①育成年代でのファウルの要求 「指導者はどうすべきか」

小学生中学生の指導の現場、特に試合での現場。

育成年代の笛の質は良く議題にあがるところですが、私は指導者のファウルに対しての捕らえ方も非常に気になります。

「過剰なファウルの要求」

もちろん悪質なファウルなどで、選手の大怪我につながりそうな危険な場面などでの突発的なリアクションは別物として。

選手が倒れるや否や審判に対してファウルを要求する場面に言及しています。

果たしてその要求はなぜ起きてしまうのか?

勝ちたいからでしょう。チームの勝利に向けて、優位に試合を運びたいからでしょう。

その行為は本当に選手の未来に、選手が良い選手になっていくために必要な要求なのでしょうか。

そのような場面を見ているとよく感じるのは、

「選手の判断ミスで激しいプレスを受ける場面であったり、身体の使い方が不十分で相手の力を抑え込めていなかったり、そもそも出し手の選択肢のミスであったり・・・。」

相手ではなくファウルを受けた選手にのびしろがあるということです。

選手側の「ファウルを受けてしまうプレー」に対しての伸びしろを伝えてあげられる絶好の指導のチャンスを、「勝利主義」のあまり逃してしまっているのではないでしょうか。

良い選手になるための気づきが、勝つためだからスルーされていく・・・

     

小さなことかもしれませんが、日本全国の育成指導の現場で、ファウルの捉え方が変われれば、『球際の弱さ』という日本代表でよく言われるナゾの課題も、解消されていくのではないでしょうか。

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